2015/08/23

【小説】神様と巫女の不思議な関係

神様と巫女の不思議な関係

作:沙綺

「ふむ。今年はやはり豊作祈願が多いのう」
 神様が一人、本殿の中で書き物をしている。それはお正月に神様が必ずすること。人々の願いを書き記すこと。
 神様は人の願いを叶える力を持っている。でもお正月のように一度に大量のお願い事を聞いたとき、一度に叶えることは出来ないのでこうして紙に書き記し、一年かけて人々の願い事を叶えていく。
 それが神様の仕事だ。
「うむ。こんなものかの」
二〇一一年一月一日午前一時。一枚目の大きな和紙に人々の願い事を書き終えたので一旦筆を休め、新しい紙を取る。
ふと、障子の向こうに人の気配がした。
「入れ」
「はい。失礼いたします」
入ってきたのは一人の巫女。長く黒い髪に巫女装束が良く似合う少女だ。彼女は神様に向かって深々と頭を下げて言った。
「あけましておめでとうございます、青燈様。今年も宜しくお願いいたします」
青燈様と呼ばれた神様は彼女の方を向き、「うむ。宜しく頼むぞ」と笑顔で言った。
「では早速、これを頼むとするかの」
 神様は筆と和紙を巫女の少女に渡す。少女はそれを受け取り、神様の背中に寄り添って神様と同じように人々の願い事を書き始める。
 神様は黙って人々の願いを聞いている。
 神様と巫女の不思議な関係が今年もまた始まった。


      ◇ ◇ ◇


 年の変わり目と共に、人々の声も賑やかになってくる。
 町中から少し離れたこの古びた青燈神社も、毎年お正月は参拝客で賑わっている。
 今年もまた例外ではない。
 去年、二〇一〇年の夏は特に暑く長く農業も不作だったので、多くの農家が豊作祈願をしに来ている。また、この時期は合格祈願も多く、地元の学生も顔を出している。恋愛成就は正月に限らず一年を通じてよくあるお願いだ。
 授与所ではお守りや御札を求める人が並び、拝殿の前に設置した賽銭箱に五円や四十五円、時にはお札までも入れ、今年の抱負や願い事を神様に語っている。



 町から少し離れたところ、昔ながらの田園地帯に囲まれた広い森、咲ノ森の中に青燈神社は鎮座している。咲ノ森も青燈神社もこの地域で古くから人々の信仰を集めている場所である。咲ノ森は今もほぼ自然のまま残されており、物の怪が住み着いていると噂される神秘の森だ。
 この咲ノ森は青燈神社の鎮守の森、結界としての役目を果たしており、神社を神聖たらしめている。
 森の入り口には一の鳥居があり、森の中の道を進むと小川の上を渡る神橋、二の鳥居へと続く。
 森厳なる三の鳥居をくぐると森が開ける。日の光を木の葉と共に受けて輝く緑青の屋根の拝殿が姿を現す。
 拝殿の奥には御神体が安置される本殿があり、参拝客は本殿に入ることが出来ないので、拝殿から本殿に向かって手を合わせる。
 さらに本殿の奥、咲ノ森の最深部には樹齢八百年の御神木がある。
 これが青燈神社だ。



 青燈神社の「青燈」という名前は、この神社がこの地域から取れる天然ガスを使い燈篭を青白く灯していたことに由来している。この地域の天然ガスは、伝説では昔、土着神――この土地の神様――がガス田を掘り当て、採掘方法と利用方法をこの土地の地主に伝えたとされている。この町にガス燈が多く残っているのも人々の信仰心と昔ながらの生活が生み出したものなのだろう。
 その土着神が今人々の願いを聞いている神様、青燈だ。



 神様はどんな姿をしていたって構わない。通常、神様は人の形をしているとされるが時に蛇などの動物でもあり、竜などの空想上の生物でもあったりする。物の怪の類も神様の一種だ。
この青燈神社に祀られている神――すなわち青燈は小忌衣を羽織った女の姿をしている。昔からそうだったという。
 青燈の見た目は二十歳くらいの女性だ。だが青燈の纏う気は見る者を圧倒させ、その長い髪の黒と小忌衣の白、その衣を縁取る金の対比が見る者を魅了する。凛々しい顔立ちが由緒ある神様としての品格を漂わせる。
 それが土着神、青燈だ。
 他の神様に比べて比較的力が強く、人々の前に姿を現すことも出来るのだが、それでは大騒ぎになってしまうというので今はこうして本殿に閉じこもって一人願い事を紙に記し続けている。
 いや、今は一人ではない。
 青燈の手伝いをする巫女がいる。
 彼女の名前は薫。この青燈神社に古くから使える司祭の末裔である。彼女の一族は神族を見ることが出来るため、代々青燈の手伝いをしているのだ。今日のような元旦から他の様々な祭祀に至るまで。
 そして彼女は神様と体を触れ合わせることによって意識を通わせ、神様と同じような力を使うことができる。例えば普段神様にしか聞こえない人々の願い事を聞き取ることが出来るようになる。
 今、薫が青燈の背中に寄り添っているように。



「昔は儂が姿を現して氏子達の願いを直接聞き届けたのだがのう」
 青燈は昔のことを思い出し、少し悲しげな顔をする。
「時代が時代ですから。仕方のないことです。私の一族の力も弱まってきてしまいましたし」
「薫はまだ力の強い方じゃ。最近は儂のように人々の願いを聞き、信仰を集める神族も減ってきておる。巫の一族よりも神族の弱体化のほうが顕著じゃ・・・」
 神様の生きる糧は信仰心だ。
 そもそも神様は最初から神であったものや、人から成ったもの以外は全て人々の信仰心が生み出した奇跡だ。八百万の神々はこうして生まれ、数十年前までは国中に溢れかえっていた。
 しかし、近代化によって信仰心は薄れ、少しずつ神様は消えてしまっている。
「薫、寒くはないか?」
「はい。大丈夫です。青燈様がくださった御札があるので」
「そうか・・・では眠くはないか?」
「大丈夫です。お昼に十分睡眠はとりましたし、これからが忙しくなりますから」
 と、言いながらも薫の瞼は重そうだ。くすっ、と青燈は笑い、
「無理はしなくてよいぞ」と言った。


 青燈神社の本殿は拝殿の少し後ろにある。
 元々この神社に拝殿は存在しなかったのだが、四百年ほど前、新たに建てられたのである。
 権現造という本殿と拝殿が一体化された建物であったのだが、それでは青燈にとって色々と不便であるというので、祭壇は拝殿の一番奥に、御神体は昔のままの本殿に安置されている。
 今青燈と薫が作業している場所は昔の本殿である。
 本殿というものはそもそも人が入らないことを前提として作られているため拝殿よりも小さいことが多い。しかし青燈神社の本殿は違う。人が何人も入れるほど広いのだ。
 青燈という神様は非常に人間じみた神様だ。昔から人と同じ生活を好むため、本殿は青燈を祀る社ではなく青燈が暮らすための家として建てられたようなものだ。
 今二人がいる部屋は一番広い部屋で部屋の中央には囲炉裏があり、作業に必要な座卓、書物を仕舞う棚や巫女装束などを収納する箪笥などもある。ただ伝統的な日本建築そのものであるのであまり装飾品はない。
 神社は神様の家であるが、今青燈は薫の実家に同居している。青燈が本殿にいる時はこういった祭祀の時やお昼時である。神様は気まぐれであるらしい。
 本殿は通常の入り口のほかに裏口があり、そこから御神木へと繋がる道と、薫の実家に繋がる道に分かれている。



「お目覚めですか、青燈様?」
青燈は目を開け、ふう、と息を吐いた。
「無理だったのは儂の方か。今は・・・寅の時くらいかの。すまぬ」
「いえ。青燈様は昨日の夕方からここにいらっしゃいましたから疲れたのでしょう。今の時間は参拝客も少ないですし、大変ではありませんでした」
 今度は静寂が本殿を包む。
 午前四時。数時間前までは賑わっていた神社も今は束の間の静けさが訪れている。あと二、三時間もすればまた参拝者が多くなり、賑やかさを取り戻すだろう。
 青燈は背中に薫の体を感じる。規則的な体の動きを感じる。
「ふふ。少しだけおやすみ、薫」
 薫はいつの間にか眠ってしまっていた。大丈夫だと言うものの、やはり力を使うのは疲れるのだろう。青燈が起きるまでずっと力に集中していたのだから。
 青燈は彼女の体を横にさせ、その頭を膝の上に乗せる。筆を持っていた彼女の手を握ると、冷たさが青燈の手にも伝わった。顔に零れかかる髪を撫でながら青燈は思う。
 こんな年端もいかぬ少女に助けを借りるとは、儂も弱ってきたかの、と。
まあ、これも悪くはない、と。
 神様は一人の夜に何を思うのだろうか。何を望むのだろうか。何を願うのだろうか。そして、誰に願えばいいのか・・・
 青燈は、幸せだ、と思った。この青燈神社には望めば手助けをしてくれる人がいるから。薫という存在がいるから、と。
神様と巫女の不思議な関係。神様は巫女に願う。
 では巫女は誰に願うのか・・・


      ◇ ◇ ◇


 午前六時、青燈が筆を走らせる音で薫は目覚める。目覚めた眼で、青燈の膝の上から、青燈の真剣な顔を見つめる。その手が青燈の頬を撫でる。彼女は何を思うのか。
「おはようございます、青燈様。すみません。寝てしまったようで」
「かまわん。お互い様だろう。すまぬ。そろそろ忙しくなってくるであろうから硯と筆をもう一組持ってきてくれないかの?」
「はい。少しお待ちを」



 青燈神社は、よくテレビで映し出される神社ほど大勢の人が来るわけではないけれど、参拝客が多くなれば神様一人で願い事を聞き取り、書き取るのはやはり難しい。青燈は薫と二人で作業することによってその負担を和らげている。
「お伊勢様のところは大変であろう。こちらはゆっくりでいい」
 青燈がそう言うのも束の間、参拝客が増えてくる。願い事が二人の体に直接入ってくる。願い事を和紙に書きつける作業も次第に早くなっていく。
「ふむ。合格祈願と。大学は・・・うーむ。最近のことは分からん」
「青燈様。合格祈願と恋愛成就は私が担当するので豊作祈願、家内安全、その他のお願いを頼みます」
「よかろう。次は・・・ギザ十が欲しい。ふむ、面白い。今年初めてのお願い事がそれか。欲がない。よかろう。その願い今すぐ叶えてやろう」
 そう言うと青燈は手を差し出す。すると拝殿で願い事を言ったその男の足元にギザ十が落ちた。誰かが賽銭箱に投げ入れたものが跳ね返って落ちたのだろう。男はそれを見て驚いたものの、賽銭箱に入れ返した。さすがにためらったのだろう。
「ふむ。面白いのう。よい信仰心だ。さすれば彼には今年、ギザ十の豊作を約束しよう。ふふ。豊作祈願じゃの」
 そう言うと青燈はその男の願い事の上に丸をつけた。青燈が叶えた願い事の上に丸をつけるのが、この神社の慣わしである。
「次は・・・」
「・・・」
 青燈と薫は何かを感じたのか、本殿の向こう、拝殿の方を向く。
「半年ぶりかのう」
「環様ですか?」
「ああ。そうだな、挨拶がしたい。奴をここに」
 かしこまりました、と言って薫は本殿を後にする。環とは青燈の知り合いの神様だ。成ってからまだ十五年くらいの新米神様である。彼のように自分の神社を持っていない神様はこうして力のある神様の神社に参拝することで少し力を分けてもらうのである。
 薫に案内された環が本殿に入り、それまでのコート姿から自らの装いを狩衣に変え、青燈に向かって頭を下げる。
「あけましておめでとうございます、青燈様、薫様。今年も宜しくお願いします」と、環。
「おめでとうございます。今年も宜しくお願いします、環様」と、薫。
「久しいな、環。最近見ないと思えば、どこへ行っておった?」と、青燈。
「日本中の神様を訪ねてきました。去年はパワースポットがブームとなっていたので伊勢様や出雲様などの大きな神社の神様は力がおおよそ回復していたのですが、小さな神社の神様はやはり弱っておいででした」
「やはり、そうか・・・」と、青燈は目を伏せる。
「分かっていたことなのだがな。こうして実際に知らされると辛いの。人々に見捨てられた神、か・・・環よ、ご苦労であった」
悲しい笑みを浮かべて青燈は作業を再開する。きっと思うところがあるのだろう。
 黙々と作業を続ける二人を環はずっと見つめていた。
「あの、僕は何をすれば・・・」
「そうじゃの、リンゴでもむいておれ。その神棚に納めているものとか」と、青燈。
「あの、環様。次の和紙を取ってくれませんか?」と、薫。
 僕に出来ることなんて高が知れてるなあ、と環は心の中で思った。


 午前七時ごろ、失礼します、という大きな声と共に一人の少女が本殿に入ってきた。この少女もまた巫女であった。深い礼と共に肩口で切りそろえられた髪が揺れる。
「あ、あけましておめでとうございます、青燈様、お姉さま、それと・・・」少し緊張気味の声。吐く息が幽かに白く見える。
「ん、えっと・・・初めまして。僕は・・・」
「環様ですね。おめでとうございます」と少女は言って頭を下げる。
「おめでとう。えっと青燈様、このお方は?」
「そうか。環は初めてじゃったか。紹介する。薫の妹の洸だ。しっかりしておる娘じゃよ」
 洸は、何か手伝わせてください、と言った。
「そうじゃの。そろそろ小腹がすいたの。何か持ってきてくれ。ふむ。黒豆がいい。それを頼む。爪楊枝を忘れるでないぞ」
「姉さまは?」
「私には構わない。青燈様の分だけで・・・少し多めにしておいて」
 かしこまりました、と言って本殿を離れる。神社の近くにある実家に取りにいくのだ。
「本当にしっかりしている娘ですね。何歳ですか?」と、環。
「洸は今年十二歳だったかの。彼女は昔から力が強かった。ほれ、初対面でもお主のことが分かったくらいじゃ。洸はそういう力を持っているのじゃよ」
「神族を誰だか判断できる、というのですか?すごいですね。薫様に似たのでしょう」
「あの、環様・・・」と、薫が言う。
「私は一介の巫女であり神族に仕える身でありますので薫とお呼び下さい」
「とんでもない。僕はまだ神に成ったばかりですし、薫様は僕よりもはるかに強い力を持っていますから。きっと僕がお仕えする方ですよ」と、環は少し焦りながら言う。
 それを見た青燈は「何を言うとる。お主とて神の端くれ。自分を卑下するでない。器の小さい男じゃの」と言い、昔のことは気にするな、と小声で付け加えた。



 薫はずっと作業を続けている。青燈も環と話しながらというものの、その手は休むことなく動き続けている。
「そういえば、環よ。お主は何をお願いしにきたのじゃ?」
 青燈が意地の悪い笑みを浮かべている。
「ほれ、言ってみろ。まさか力を分けてもらいに来ただけではないのだろう?」
「青燈様ぁ。知っているくせに」と環は顔を赤らめる。
「よいではないか。どの時代でも色恋沙汰は面白い。儂に詳しく聞かせよ」
 環が青燈の問いに戸惑っていると、後ろの障子を開け、洸が青燈に黒豆を持ってきた。環が安堵の息を漏らす。
「ありがとう。そうだ洸、これを」青燈が洸に手渡したのは一枚の御札。「暖」の文字が書いてある。
「これを体に貼れば体が温まる。洸には拝殿に行って神族が来たら挨拶をしておいて欲しい。それと何かあったらすぐ呼ぶのじゃぞ」
「はい、分かりました」と言って、洸が立ち上がる。その時、環が呼び止めた。
「そうだこれ、少ないけれど僕からのお年玉。どうぞ」
 と、差し出されたものと青燈の顔を洸は動揺しながら交互に見つめる。
「取っておけ、洸。神様からお年玉を貰うことはなかなかないぞ」
「はい。ありがとうございます、環様」そう言って洸は本殿を後にした。
「ところで環よ・・・」
「あ、薫様の分もありますよ。はい、お年玉」
「ありがとうございます。大切に使います。ところで環様。青燈様が楽しみで仕方がないようですよ」
 触れ合わせた背中から、青燈の楽しそうな気持ちが流れてくるのを薫は感じ、彼女自身も何故か楽しい気分になる。
「そ、それは・・・その。瑞樹様との縁を結んでもらおうと思って・・・」
 瑞樹とは最近この地域に住み始めた神様だ。
「ほう、よかろう。彼女はよい娘だしのう。儂はもちろん鬼ではなく神だ。その縁、結んでやろう」
 そう言って環に向かって手を差し伸べる。
「えっと、何ですか?」
「いくら力の強い儂とて、神族同士の縁結びなどあまりしたことがないからのう。どれくらい力を使うのかも分からん。何かお供え物があってもよいのではないか?」
「と言いますと・・・」と、困惑した環。
「青燈様もお年玉が欲しいそうです」と、薫が無表情のまま呟いた。
「うむ」と満面の笑み。
「・・・。普通お年玉って年上から年下にあげるものですよね?」
「儂を年寄り扱いするのか?れでぃに無礼じゃぞ」
「いえ、しかし。僕は神に成ったばかりですし、青燈様は昔からここにいらっしゃるので・・・まあ、いいでしょう。背に腹は代えられません。僕も男ですから」
 と言って懐から出したポチ袋を青燈に手渡す環。ちらっと中身を確認し、うむ、と言って環の願いを叶える青燈。力を使ったのは一瞬だった。
「ふむ。今ちょうど拝殿で洸が瑞樹と話をしておる。今から行けば間に合うぞ。洸に感謝するのじゃな」
「え、本当ですか!ありがとうございます、青燈様!」
 言うが早いか環は着替えて本殿を飛び出し、拝殿に向かった。
「騒がしい男じゃ。だが、今年も面白くなりそうじゃな」



 深夜のようにまた二人だけの時間が流れる。新年はやはり騒がしいがそれでよい、と青燈は思った。人々の願いを聞くのも神にとって幸せなことである。青燈は洸が持ってきた黒豆を一口食べ、口に広がる甘みを堪能していた。
「平和じゃのう。願い事を聞くのは何百年もやっていたが、最近は本当に平和な願い事ばかりじゃ。人間にとってはよい世の中になったものだ・・・それに比べて・・・」
 遠い眼をして青燈は言う。
「神様は・・・そうではないのですね」と、薫。
「儂は幸せなほうじゃ。こうして色々な人、神と交われるのだからな。そうでない神もまた、たくさんいる。悲しいのう」
 そう言って黒豆をまた一口。ひと時の甘みが悲しみを癒すかのように。
一時の幸せを感じることが出来るのも、幸せ、か・・・と、青燈は思う。



 拝殿で洸が参拝に来た神族に挨拶をしているのを感じて青燈が呟く。
「洸は良い娘じゃ。しっかりしておる」
「・・・。私よりもですか?」と、薫が不安そうな顔で青燈を見つめる。
「何を言っておる。私の後ろを任せられるのは薫の他にはおらん。お主もしっかりしておる良い娘じゃよ」と、薫の頭を撫でながら微笑んで黒豆を一口。
「あの・・・青燈様・・・」何か言いたげな瞳で薫は青燈を見る。
「ふふ。薫もまだまだ子供じゃのう。ほれ」
 爪楊枝で刺した黒豆を青燈は薫の口に持っていく。
「美味しいです」と薫の笑み。
「その笑顔、他の者にも見せればいいものを。まあ、独り占めしたいのも満更ではないがの」青燈も嬉しいような、恥ずかしいような笑み。



 時間が流れていく。お昼時になり、参拝客も朝よりは少なくなってきた。それでもまだ沢山の人はいるけれど。神様と巫女は筆を走らせ続ける。
 お正月の三が日。
 このような時間がずっと流れていく。
 世の中には帰省し、親族に挨拶をする者や、海外に行って正月を楽しむ者、または受験勉強にいそがしい者やこれから気になる神様をデートに誘う神様もいるけれど、この二人は世間とは少し違った時間を過ごしている。
 彼女たちにはそれは昔からの、当たり前のことなのだが、それがとてつもなく幸せなことだ、と感じているのは・・・


「神のみぞ知る、じゃな」
「青燈様、どうしました?」
「いや。こちらの話じゃ。ところで、薫。お主の願いをまだ聞いていなかったな・・・ふむ。後で読むからそこに書いておけ」
 青燈は薫の顔を見ずに言う。青燈も本当は薫の願い事を知っている。重ねた背中から流れてくるからだ。そして薫も青燈の願い事を知っている。
 お互いに敢えて聞かず、敢えて言わず・・・。きっと青燈様も自分の願い事を和紙に書いているのですね、と薫は嬉しい気持ちになって、自分の願い事も和紙に書きつけた。
 二人は本当に嬉しそうな笑顔で。
 神様と巫女の不思議な関係。
巫女も神様に願う。
 神様も巫女に願う。
 ずっと一緒にいて欲しい、と・・・

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